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打楽器奏者が求めるべきもの

打楽器奏者にとって、何が一番大切か。聞かれる間もなくそれは「音質」だろう。今回行われた、岐響の定演で痛感したのは、まさにそれであった。 岐阜県交響楽団第66回定期演奏会。指揮は小松一彦先生。これまでに何度も岐響を振ってくださっている。昨年はサントリーホールでので創立50周年の記念演奏会を振ってくださったが、それに引き続いての登場。曲はバッハのパッサカリアとフーガをレスピーギがアレンジしたもの、ベートーベンの皇帝(ピアノは加藤るみさん)、チャイコフスキーの交響曲第4番である。ちなみにアンコールは、チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレだった。 ちなの担当は、バッハのTimpani、チャイコのCymbalだった。バッハは、とにかく出番が少ない。ずーっと待ってて、盛り上がるところではじめて入ってくる。この待っている間は、結構微妙な時間である。曲は流れているんだからそれに乗っからないといけないので流れは把握しておかなくてはならない。そして出番がきたら、待ってましたとばかりに流れに乗った音を出すのだ。 この場合、レスピーギがTimpに求めているのはオルガンのペダルの音だろう。なので、とくにロールの部分は均質に、全体を包み込むように音を出すよう心掛けた。ま、うまくいったかどうかは聞いていた方じゃないと分からないかもしれないが。 チャイコも出番が少ない。というか第四楽章のみである。まっている時間は長いけど、四楽章はお祭りなので待っている間のうさばらしができる。これはもうひたすら華やかに、きらびやかに楽しく音を出す。でも1カ所だけ、音の違うところがある。それが、Cymbal Soloと書いてある部分。ちょうど3拍子になってゆっくりになり、一楽章の運命のテーマが出てくる部分である。ここだけは、重々しい、冷淡な、すべての希望を打ち砕くような、そういう死神の音とともに、いままでとち狂っていた民衆の、訳が分からなくなった時にを出す驚きとか、そういった音を出さなくてはならない。もちろんこの部分のイメージは小松先生の指示を聞いて考えたものである。 たかがシンバルとあなどることなかれ。Triangle同様音を出すのが難しい楽器だ。だから、複数の方から、シンバルの音よかった、と言われた時にものすごくうれしかった。音楽をあまり知らない方に言われたこともうれしい原因のひとつである。 まあ今回ながながと書いてしまったが、とにかくそういうことだ。打楽器奏者たるもの音質を追求するべきである。某CMにあった、「トラーイアングル、チンチン」なんてのは論外である(たしかウッチャンナンチャンが出てたエアコンか何かのCMだったと思う)。